ピースクラフツSAGA 佐賀の伝統工芸を支援するプロジェクト
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2018年5月16日

自分のものづくりの再出発点となった初期伊万里の皿

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初期伊万里の釣人山水文縁付き七寸皿。寺内さん自らが料理したタケノコの漬け焼きに、家の裏山から採ってきた木の芽を散らせば、初夏らしい一品に。同じく初期伊万里の暦文(こよみもん)覗き猪口で日本酒を一杯

 この初期伊万里の皿は、小中高と同級生だった十四代今泉今右衛門さん(当代)のお父さん、十三代今泉今右衛門さん(先代)からいた

だいた大切な宝物です。もう二十年近く前、今右衛門さんはご自身のご結婚の際、結婚披露宴での引出物を「自分でつくった盃」にすると決められました。しかし何十人分もの盃を1人でつくるのは大変ということで、私もロクロ成形を手伝ったんです。結婚式が無事に終わって、ひと段落した頃、今泉家に招かれました。すると先代がいらっしゃって、「どうもありがとう。これをお礼に」と木箱をお差し出しになりました。お礼に木箱?と一瞬思いましたが、木箱の蓋を開けると、この皿が収まっていたんです。

 これは1630年代頃の初期伊万里の皿で、この当時の縁付き七寸皿というのは大変珍しいものです。なぜ、今右衛門さんがお礼にこの皿をお選びになったのかと言うと、これより2〜3年前、正月明けに今泉家に招かれた際に、カラスミやコノワタ、イクラなどの豪華な珍味がこの皿に盛られて出てきたことがあったんです。この時に私は本物の初期伊万里を初めて間近で見て、大変衝撃を受け、その魅力に取り憑かれました。今右衛門さんはこの出来事を覚えていらっしゃったんですね。それ以降、この皿は私のつくり手としての再出発点となりました。

 例えばこの皿にメザシを2〜3本盛るだけでも絵になるし、今の季節ならタケノコをさっと焼いて盛ってもいいですよね。来客時にもこの皿に珍味をちょっと盛って出すと、皆さん喜ばれます(談)。(杉江あこ/意と匠研究所)

 

 

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初期伊万里の魅力に取り憑かれて以来、窯や家の敷地内の土を掘り返すと、当時の陶片がいくつも現れたという。約400年経っても色褪せないこの染付の青が、現在、李荘窯の染付の発色の基準になっている

(写真すべて/藤本幸一郎)

 

terauchi_shinji寺内信二(てらうち・しんじ)
李荘窯代表取締役
1962年佐賀県・有田町生まれ。1985年武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。同年アイトーに入社し、商品開発に携わる。1988年李荘窯業所入社。1997年より古伊万里の研究と再現を開始。1998年より個展を開く。2009年「プロダクトarita」を結成。2011年伊勢丹おせち企画で銀座「六雁」とのコラボレーション商品「珠型五段重」を発表。2017年より株式会社ARITA PLUSの代表に就任。

 

李荘窯業所

 

李荘窯業所は、明治末期、有田焼の陶祖として崇められている李参平の住居跡に創業しました。初代は工芸指導者として招聘された陶芸家で、指導のかたわらに磁器彫刻をつくっていましたが、2代目になると業務用食器の生産を始めました。現在、4代目の寺内信二さんは業務のかたわら、有田焼を国内外へ発信するための様々な活動にも精力的に携わっています。素朴な染付の初期伊万里様式を基本としながらも、新しい有田焼の表現を追求する日々を送っています。

 

TEL:0955-42-2438 住所:佐賀県西松浦郡有田町白川1-4-20  定休日:不定休 営業時間: 8:30~17:00 

ご訃報
青磁作家として日本の陶芸界をけん引してきた、佐賀県武雄市在住の人間国宝(重要無形文化財保持者)、中島宏さんが3月7日にご逝去されました。私どもは、ピースウィンズ・ジャパンを指定した佐賀県へのふるさと納税の返礼品に中島さんの作品を取り扱わせていただいておりました。心からご冥福をお祈り申し上げるとともに、ご遺族の皆さまにはお悔やみを申し上げます。

県内の伝統工芸制作者の課題や方向性は同じではありません。しかし、ひとつひとつ手作りで作られる工芸品を「より多くの人に知ってもらいたい、長く使ってもらいたい」という想いは一緒です。その想いをカタチとして届けるため、PWJは今後、さまざまな活動に着手します。佐賀の伝統工芸をまだ知らない人々へ向けての情報発信、チャネル開発、生活様式や生活者の意識の変化に対応した商品づくり。海外市場を見据えた商品開発や展示会の開催も計画中です。
次のステージを目指す伝統工芸のつくり手を支援することにより、PWJは佐賀県の地域振興に貢献したいと考えています。

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