「ピースクラフツSAGA」は認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)が実施する佐賀の伝統工芸を支援するプロジェクトです。
つくり手

弓野人形の明治から今に続いてきた技を守る江口人形店の江口誠二さん

弓野人形は武雄市の弓野地区でつくられている土人形で、ピースウィンズ・ジャパンのふるさと納税の返礼品にもなっています。鮮やかな絵付けとぽってりとした姿が特徴的な弓野人形づくりを守り伝える江口人形店の江口誠二さんにお話を伺いました。

お菓子のおまけとして全国に広まった土人形

弓野人形は明治15(1882)年、博多人形師の原田亀次郎が、九州各地で修行した後に、武雄市弓野地区で土人形を作り始めたといわれています。亀次郎は弓野の地で職人を育て、人形の製法を確立。後に弓野人形の内裏雛を飾る風習が佐賀県内で定着、恵比寿・大黒の面飾りを京阪神へも出荷。昭和初期には菓子メーカー・グリコのおまけとして人形を大量に生産したこともありました。弓野人形の生産者のひとつ・江口人形店は明治21(1888)年に亀次郎が婿養子に入ったことから始まりました。

進学を反対されて江口人形店四代目の道へ

江口人形店の弓野人形づくりは、昭和15(1940)年に亀次郎が亡くなった後は3代目の勇三郎さんが継ぎ、現在は4代目の江口誠二さんが人形作りの技を守っています。江口さんは小さい頃から美術が好き・創ることが好きで、「造形(美術)系の大学に行く」のが夢でした。「しかし大学進学は家族から反対されてしまい、高校卒業後、有田の窯業試験場や長崎の波佐見でやきものの型作りを勉強して、家業の弓野人形を作る道に入りました」。

「人形づくりを失くしたらいかん」と作り続けて

「弓野人形づくりを父から受け継いだ、といっても教えてもらったことは一切なかったですね。技を見て盗む。しかし品物を作っても失敗すると父が怒るんですよ。ほんとに悔しかったですねぇ。<辞めてやる>と何度も思いました。それでも私の代で失くしたらいかん、と続けてきました。まぁ私も嫌いだったらここまで続けてはこれなかったでしょうし。跡を継ぐ息子に手取り足取り教えていませんから。伝わった技法というよりも、自分で人形づくりをものにする経験が大事でしょう― 」。

弓野人形(江口人形)の魅力は「素朴なかわいらしさ」

弓野人形は博多人形のながれを汲むこともあり、古い型はおいらん人形や武者人形など大型のものが多いのですが、いまは小さな「かわいらしい」サイズの人形が主力。前後2つの型を合わせて成形するのが大きな特徴です。「綺麗で優美な博多人形とは違った簡素なかたち・丸みであったり、昔からの絵付けであったり、かわいらしさや素朴さを大事にしています。うちの江口人形は、古くからの型がある人形は昔からの形や絵付けをしますが、新たに創る人形は形にこだわらず、自由に作っています」。

お客さんと一緒に人形づくりを続けたい

ピースクラフツSAGAのふるさと納税でお届けする弓野人形は、定番商品の「鳩笛」に「萬年亀」、オブジェ「乙姫」、招き猫「猫の誘い」の4種類。鳩笛は尾に空いた穴へ息を吹き込むと、「ホー」っと優しい音色を奏でます。
「他の産地を参考にすることはありませんが、この弓野地区は商売人が多い土地柄。元々は宿場町なので街並みも。工房を訪れて弓野人形の絵付けでも体験してもらって、人形づくりを知ってもらえればありがたいですね。私のモットーは芸術家でなく商売人。お客さんと一緒に人形づくりを続けていきたい。息子が跡を継いでくれますが、この仕事は年を取ってもできることなので、できる限りは続けていきたいですね」。

公開日:2017年3月3日
 
更新日:2020年6月10日

最新のつくり手

伝統工芸のある暮らし最新記事