ピースクラフツSAGA 佐賀の伝統工芸を支援するプロジェクト
つくり手

唐津焼/川上清美

唐津焼/川上清美

(取材写真:藤本幸一郎)

「男唐津」で勝負を挑んだ後、今は自然体に

本当にやりたいことを探した20代

 力強い。これが川上清美さんの作品を一目見たときに抱く感想です。例えば「絵唐津の茶碗」を見てもしかり。ロクロ成形の確かな腕を感じさせるばかりか、微妙に歪められた口辺部や赤い土の持ち味が力強さの源となっています。顧客の9割以上が男性というのも頷けます。
 「寄り道の多い人生でした。でもそれが自分の引き出しの多さにつながっていると思います」。今年70歳を迎える川上さんは、自らの人生をこう振り返ります。長崎県対馬市出身の川上さんは、海産物業を営む家に生まれました。大学入学のために上京し、卒業後は出版社に就職しますが、「何かやり残したことがあるんじゃないかと思って、ずっと落ち着かなかった」という気持ちから1年で退社。アルバイトをする傍ら、図書館に通い、いろいろな本を手に取るうちに、焼物の本を眺めるようになります。そこで焼物に興味を持ち、ようやく「自分がしたいことは、ものづくりだ」と気づいたと言います。
 30歳を迎える頃、川上さんは焼物の仕事に就く人のための訓練校があることを知り、愛知県瀬戸市にある訓練校に入学。「人生の目標がようやくできて、訓練校に入ると気持ちが楽になった」と吐露します。そこで1年間、焼物の基礎を学び、全国の産地の焼物をいろいろと知る中で、「自分は唐津焼をつくる」と心に決めました。「古唐津は、元々、朝鮮陶工によって発展した焼物ですが、一方で美濃焼の様式を積極的に取り入れてきました。例えるなら朝鮮の焼物には月光のような儚い美しさがあり、美濃焼には日光のようなハツラツとした美しさがあります。その両方を併せ持っている点に惹かれました」。

工房の風景。壁に貼られた絵は、川上さんの次女が4歳の時に描いた絵とか

工房で1つひとつの作品を確かめる川上さん

 

備前に居ながら唐津を思う

 訓練校を出た後、唐津焼の窯元で2年間修行しますが、「このままでは仕事の術が大して身につかない。一度、唐津焼から抜け出そう」と飛び出し、岡山県へ。今度は備前焼の窯元で4年間職人として働きました。しかし唐津焼を決して忘れたわけではなく、「備前に居ながらも、唐津を思って仕事をしていた」と言います。唐津市に再び戻ると、田中佐次郎さんの窯元で修行を始めました。1年半を過ぎた1988年、「この窯を譲りたい」と田中さんから兄弟子3人を差し置いて川上さんに申し出があり、40歳で晴れて独立する運びとなりました。
 独立した頃を川上さんはこのように振り返ります。「まるで『女唐津』とでも言うべく、唐津焼が品良くおとなしくなったと感じていました。そこで自分は『男唐津』をつくろうと決め、個性をどんどん前に出して、誰が見ても川上清美の作品だと分かる作品をつくろうと頑張りました」。それが川上清美の作品=力強いという評価につながっていったのです。
 しかし50歳を迎え、ある百貨店の会場で個展を開いた際に転機が訪れます。「お客さんが入場して3歩で足を止めるほどの迫力だったので、1週間在廊していたら自分の作品がやかましく感じてきて、終いには飽きてしまったんです。したがって50歳を堺に、引き算をしていこうとシンプルに徹するようになりました。周囲からは『元気がなくなった』と言われましたが。ところが60歳になると、封印していたものが解き放たれていくように、自分の個性を自然体で出せるようになったんです」。
ヘラやゲージなどの道具はすべて手づくり

工房には焼物のサンプルがたくさん。土と釉薬の組み合わせは無限であるため、こうしてテストを繰り返す

先人から受け継いだ技術を後人へ

 作品づくりにおいて、川上さんは海で拾った流木や貝殻、石ころなどがインスピレーションになることが多いと言います。「あとは四六時中、焼物のことを考えるんですよ。すると、夢の中でヒントがパッと出てくるんです。まるで神のお告げのように」と楽しそうに話します。
 川上さんは作品づくりのほか、後継者を育てることにも力を注いでいます。これまで取ってきた弟子は7人。一度に1人ずつ、3年預かり、弟子が独立できる力をつけさせます。「自分も先人の技術を学んで受け継いできたのだから、その技術を次に受け渡すのが自分の役目」という考えがあるためです。また土や釉薬のつくり方について、弟子には秘密にする唐津焼作家が多いなか、川上さんは弟子にすべて情報公開をするのが流儀。「一緒に仕事をするのに秘密にするのは嫌なんです。こうすると弟子の方から何か情報を教えてくれることもあって良い面もあるんです。とにかく弟子が伸びることが大事。弟子が良い仕事をすれば、お尻に火がついて自分も伸びるんです。若手がどんどん育てば、唐津焼の未来も明るくなるのではないかと思います」。

(杉江あこ/意と匠研究所)


5連房の登り窯で素焼きから本焼成までを行う。現在は1年に3回窯焚きをする

織部唐津や志野を見本にした彫唐津など、川上さんの作品には美濃焼寄りが多いのも特徴

炎群
所在地:佐賀県唐津市呉服町 アーケード内
TEL:0955-73-5368
営業時間:9:00~20:00
定休日:無休
URL:http://karatsuyaki.com/

製品紹介

県内の伝統工芸制作者の課題や方向性は同じではありません。しかし、ひとつひとつ手作りで作られる工芸品を「より多くの人に知ってもらいたい、長く使ってもらいたい」という想いは一緒です。その想いをカタチとして届けるため、PWJは今後、さまざまな活動に着手します。佐賀の伝統工芸をまだ知らない人々へ向けての情報発信、チャネル開発、生活様式や生活者の意識の変化に対応した商品づくり。海外市場を見据えた商品開発や展示会の開催も計画中です。
次のステージを目指す伝統工芸のつくり手を支援することにより、PWJは佐賀県の地域振興に貢献したいと考えています。

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