「ピースクラフツSAGA」は認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパンが実施する佐賀の伝統工芸を支援するプロジェクトです。
つくり手

陶芸分野史上最年少の人間国宝。十四代今泉今右衛門さんの創作を支える「体験」と「気づき」

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今右衛門窯は370年にも渡り「色鍋島」の伝統技術を継承してきた名窯です。一子相伝の秘法である赤絵の調合技術を持ち、国の重要無形文化財保持団体として認定されています。当代である十四代今泉今右衛門さんは、陶芸分野史上最年少で国の重要無形文化財(いわゆる人間国宝)に認定されたほどの名工です。高い美意識と柔軟な思考を併せ持つ十四代今泉今右衛門さんにこれまでの人生、そしてこれからの有田の町についてお話を伺いました。

自らの意思で進路を決め視野を広げてきた今右衛門さんの青年期

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「『大学はどういう分野に行くのか自分で決めろ』と父から言われました」と大学進学時を振り返る十四代今泉今右衛門さん。「モノをつくることが好きで、絵の勉強もしたかったので、美術大学に進むことにしました」。大学では工芸工業デザイン学科を選択し、金工を専攻したそうです。「入学後は湧き出る思いを表現したいと思っていたのですが、なかなか湧き出る思い自体がなく、辛かったです」と当時の葛藤を思い出す十四代。「学生時代、友人に雪見酒に誘われたことがありました。友人の元へと向かう道中、ふと空を見上げると舞い散る雪が電灯に照らされ中心に吸い込まれていく様子になんとも言えない美しさを感じました。この「吸い込まれるような感動」を味わったことが、今右衛門さんの豊かな表現力の源泉になっています。「大学卒業後は、家の仕事を手伝うために商売の勉強も必要だと考え福岡のNICという企業に就職し、3年間のサラリーマン生活を経験しました」。インテリア、和食器、洋食器、テキスタイル、ファッションなどを幅広く取り扱う企業での経験は今右衛門さんの視野を広げてくれたようです。

14代今泉今右衛門を襲名後、初めてふに落ちた恩師「鈴木治(すずきおさむ)先生」の言葉

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「サラリーマンを経験した後、京都の陶芸家、鈴木治先生の元で修行することになりました。そこではろくろと手びねりの練習を徹底して行いました。ある時、小さなマケット(試作)を先生に見せたところ『自分たちがつくっているのは陶芸なんやで』と言われたのです」。彫刻をつくっているというイメージで制作にあたっていたという今右衛門さん。当時は鈴木先生の言葉の真意が汲み取れなかったそうです。有田へ戻り「ある時薪窯で焼き上げる釉薬の様子を見ている時に、自分がジタバタするよりも自然の炎でつくられる美しさのほうが大切なんじゃないかと感じたのです」。それに気がついた後、鈴木先生の「陶芸は焼くと収縮するし、変形する。穴がないと爆発して壊れる。自然の素材を受け入れてするしかない仕事だ」という言葉に出会ったそうです。鈴木先生も亡くなり、先代の今右衛門さんも亡くなり、14代今泉今右衛門を襲名した後の出来事でした。「仕事を積み重ねる中で、その意味に気がつくことができたのだと感じています。作品づくりはすべてが自分の力ではないことを受け入れることが大切なのだと」と今右衛門さんは感慨深げな表情で語ってくれました。

今右衛門さんの親友、李荘窯業所寺内信二さんの存在

有田焼李荘窯寺内信二さん 先代の十三代今泉今右衛門さんからいただいたという初期伊万里のお皿をもつ寺内さん
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「寺内さんとは保育園からの同級生です。気の合う友人でよく一緒に行動していました」とうれしそうな表情で今右衛門さんは語ります。「昔は鹿島にあるお気に入りの酒屋さんに寺内さんと二人でよく行っていました。その店の飲み会を企画しながら、『秋だったらどんな料理が良いかな』『アジを釣りに行って開いて一夜干しにしよう』『じゃあ、盛るためのお皿はどうしよう。良いのがないからつくろう』という感じで食べ物の話題が器づくりに広がっていくという経験をしました」。今右衛門さんは寺内さんから良い刺激を受けているようです。「ある時、寺内さんと二人で『そばを打ってみよう』という話になりました。『どうせなら良いそば切り包丁を買おう』ということになり、寺内さんがそばを打った時に食べさせてくれるという約束で、折半で購入しました。それからは、毎年の年越しそばは寺内さんが打ったものを食べています」。寺内さんがそばを打ち、今右衛門さんが煮込み料理をつくるなど、二人で役割分担をしながら料理を楽しんでいるそうです。「料理も器づくりも感覚を研ぎ澄ませながらつくりあげることや、人に喜んでもらう目的で行うという点では似ています。ただ、自分で料理をつくり、自分で器をつくるという自己完結形式に陥ってはいけないと考えています」「自分が一生懸命つくった器に料理人が挑む。また料理家の挑まれる姿勢からこちらが学ぶ」。美意識を高め合う相互関係の中で双方が進化していくことが大切だと今右衛門さんは考えているのです。寺内さんとはお互いに美意識を高めあえる良い友人関係のようです。

今泉家に口伝で伝わる門外不出の技法とゆらぎの大切さ

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「今泉家には門外不出の技法として赤絵の調合が代々受け継がれています。兄は父から教わり、私は兄から教わりました」「赤絵の調合方法は口伝で残されています。数字はメモを残していますが、基本的には口伝です。調合には絶対にこの数字でなければならないというものと、だいたいこの数字のあたりでよいというものがあります」。口伝を元に自分でテストをして狙った色を出していくそうです。「口伝ではなく数字だけで残されていると数字そのものに縛られてしまうようになります。原料も保存状態によって水分量が変わるので重さも変わってしまいます。数字にはニュアンスがあり、口伝とともに残っていないと意味がないのです」。写真や動画、テキストなど様々な記録媒体が存在する現代ですが、あえて口伝で受け継いでいくことで程よい振り幅ができ、柔軟に変化に対応することができると今右衛門さんは考えています。「墨はじきの雪の結晶は手で描くので微妙に角度がずれ、線の長さも長短が出ます。パソコンで雪の結晶を描けば完璧な角度や長さでつくれますが、きれいかと言われると必ずしもそうではありません。人間の手で一生懸命描きながらも出てしまう微妙なずれが大切なのです。しかしもっと大切なことはそれを求めてはいけないという事です」。口伝の中にある何か、これが日本的な美を生み出す秘訣なのかもしれません。

これからの有田へ、次の世代に向けた今右衛門さんの言葉

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「九州陶磁文化館にコレクションを寄贈された柴田明彦さんが『今泉くんの時代では有田は変われない。その次の世代が重要になる』とおっしゃっていました」と柴田さんからの言葉を噛みしめるように語る今右衛門さん。「50歳以上の方はバブルを経験しています。その世代は頑張れば達成できた時代です。ですが、その後の世代は頑張ってもできない時代になってしまいました」「これまでの世代の感覚に危うさを感じるのです。今の20代や30代の方々の感覚や時代感が、グローバルに通用するかもしれないと考えています。その世代が次の時代に通用する有田を生み出していくのではないでしょうか」と次世代への期待を今右衛門さんは語ります。「有田は昔から時代に向き合って物事を生み出してきた町です。100軒の窯が100通りの多様性のある考え方で新たな物事を生み出してきました。そのDNAが受け継がれている町なので、大変な時代ですが必ず乗り越えていけると思っています」。有田の町が持つ強みを今右衛門さんは前向きに語っていました。「若い人に伝えたいことは『いろいろなことを体験してください』ということです。体験することで様々なことに気がつき、それが積み重なり新たな発想に繋がっていくのです。その時は理解できない脳裏に残るものが大切です。そのことが時を経て、様々な体験が結びつき深い理解を得ることができるのです。それが人生において非常に大切だと私は考えています」。陶芸分野史上最年少で人間国宝に選出された巨匠、十四代今泉今右衛門さんは有田の未来を前向きに捉えています。

公開日:2022年3月3日
 
更新日:2022年3月10日

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