「ピースクラフツSAGA」は認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパンが実施する佐賀の伝統工芸を支援するプロジェクトです。

私のお気に入り

李荘窯のものづくりの再出発点になった昔の有田焼、初期伊万里の皿

李荘窯はピースウィンズ・ジャパンへのふるさと納税の返礼品でもお馴染みの有田焼の窯元です。代表取締役の寺内信二さんが、同級生の十四代今泉今右衛門さんとの大切な思い出と自身のものづくりの再出発点について話してくれました。

李荘窯の寺内信二さんが今泉家からもらった大切な宝物

初期伊万里のこの皿は、小中高と同級生だった有田焼の人間国宝、十四代今泉今右衛門さん(当代)のお父さん、十三代今泉今右衛門さん(先代)からいただいた大切な宝物です。二十年近く前、今右衛門さんはご自身がご結婚する際、結婚披露宴での引出物を「自分でつくった盃」にすると決めました。しかし何十人分もの盃を1人でつくるのは大変ということで、李荘窯を継いだばかりだった私もロクロ成形を手伝ったんです。結婚式が無事に終わって、ひと段落した頃、私は今泉家に招かれました。すると先代がいらっしゃって、お礼にと木箱を差し出されました。中に入っていたのは1600年初頭の初期伊万里の皿で、当時では大変珍しい縁付き七寸皿でした。

有田焼の昔の姿を初めて間近で見て衝撃を受ける

今右衛門さんがお礼に初期伊万里の皿をなぜ選ばれたのかと言うと、さらに2〜3年前、私が正月明けに今泉家に招かれた際に、カラスミやコノワタなどの珍味が初期伊万里の皿に盛られて出てきたことがあったんです。私は昔の有田焼を間近で見て、大変衝撃を受け、魅力に取りつかれました。今右衛門さんは以前の出来事を覚えていらっしゃったんですね。以後、初期伊万里の皿は、私のものづくりの再出発点となりました。李荘窯は有田焼の創始者と言われる朝鮮陶工の李参平の住居跡に築いた窯です。だから窯の敷地内から約400年前の陶片がざくざくと現れるんですよ。当時からずっと色あせていない染付の青が、李荘窯の染付の発色基準となりました。ふるさと納税にも染付の商品が選ばれています(談)。

(文:杉江あこ/意と匠研究所、写真:藤本幸一郎)

公開日:2018年5月16日
 
更新日:2021年8月10日

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寺内信二(てらうち・しんじ)

李荘窯代表取締役

1962年佐賀県・有田町生まれ。1985年武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。同年アイトーに入社し、商品開発に携わる。1988年李荘窯業所入社。1997年より古伊万里の研究と再現を開始。1998年より個展を開く。2009年「プロダクトarita」を結成。2011年伊勢丹おせち企画で銀座「六雁」とのコラボレーション商品「珠型五段重」を発表。2017年より株式会社ARITA PLUSの代表に就任。