「ピースクラフツSAGA」は認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)が実施する佐賀の伝統工芸を支援するプロジェクトです。
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清六窯を築いた祖父の教えを胸に有田焼の作陶に励む中村清吾さん

清六窯は有田焼を代表する窯元のひとつで、ピースウィンズ・ジャパンへのふるさと納税の返礼品の中でも確かな人気を得ています。同窯を築いた佐賀県重要無形文化財陶芸白磁保持者の中村清六さんの孫である、中村清吾さんにお話を伺いました。

清六窯は中村清六さんの長女と孫が営む窯元

国内最上級のクルーズトレインとして話題を集め、今も人気が絶えることのないJR九州の「ななつ星in九州」。車内で提供される料理やデザート、飲み物をよそう食器一式を製作したのが、清六窯です。端正で気品あふれる有田焼の食器は、和洋食の名店シェフの手によるどんな料理をもさり気なく引き立て、旅行者を満足させています。清六窯を築いた中村清六さんは佐賀県重要無形文化財陶芸白磁保持者で、「ロクロの神様」として多くの有田焼の陶芸家から尊敬された人物です。現在、長女の中村恵美子さんと孫の中村清吾さんが同窯を営んでいます。

中村清吾さんは祖父の背中を見て育ち弟子入り

清吾さんが子供の頃は、ご多分に洩れず、清六窯の工房が遊び場だったと言います。高校時代は「ネクタイを締めた、普通のサラリーマンに憧れた」ことから、大学では経済学を専攻しました。しかし高齢になってもなお楽しそうに作陶する清六さんの背中を見て育ったことが大きく影響し、一時の憧れは次第に薄れ、清吾さんは大学を卒業すると同時に清六さんに弟子入りしました。「自分はミミズ」が清六さんの口癖だったと清吾さんは振り返ります。身長142cmと小柄な身体だった清六さんは、小さくとも土の中に生息しながら、土を肥やすミミズに自分をよく例えたそうです。「常に自分は土と一体になって仕事をしているという意味だったんでしょう」。

有田焼をつくれなくなった時期が糧に

清六さんの言葉を清吾さんが真に理解するまでには、長い時間を要しました。きっかけは30代半ば頃。清吾さんは食生活の乱れやストレスなどから重度の湿疹を発症し、土を直に触れなくなってしまいました。ゴム手袋をはめて臨みますが、土を上手く練ることができません。治療に1〜2年の年月を要し、ようやく土を触れるようになった時に、「土を触れる、ありがたさが身に沁みた」と言います。ようやく先の清六さんの言葉が腑に落ち、視界が晴れ、作陶が楽しくなったのでした。

ふるさと納税の返礼品でも端正な造形を見て取れる

清吾さんの有田焼の作品は何より端正な造形が特徴。艶やかな白磁も、マットな質感の白磁も、華やかな表情をたたえながら、重力に逆らわない安定感を備えています。器の底部はたっぷりと厚く、底部から土を解放するように上部に向かって薄く広がっています。ふるさと納税の返礼品も然り。清吾さんは作品づくりにおいて「ロクロ成形でしか生まれない厚みや輪郭を表現したい」と言います。腕の確かさを誇るあまりに、ただ薄く成形することではありません。「昔のロクロとは違い、現代のロクロでは案外と容易に薄く成形することができます。だから本当に表現すべきは薄く成形することではなく、ロクロ成形ならではの形や魅力だと思っています」。

有田焼の中でも白磁で勝負する

「器を真っ二つに割った際の断面を意識しながら、ロクロを回している」。実際に清吾さんがつくった有田焼の器を手に持つと、滑らかな輪郭の磁肌が手にしっくりと馴染むのを感じ取れます。縁が薄いので見た目は軽やかに感じますが、重心が下にあるので、卓上で器をうっかり倒してしまうことも少ないのです。使ってみて初めて理にかなった造形であることが分かります。現在、清吾さんの作品は白磁のみ。加飾に目が奪われることのない白磁は、有田焼の中でも造形力が厳しく問われる分野です。「器に唯一絶対の形はありません。ロクロの原理から生まれる新しい形を、今後も意識して見つけていきたいと思います」と、真っ直ぐに語る姿が印象的でした。

(文:杉江あこ/意と匠研究所、取材写真:藤本幸一郎、商品写真:ハレノヒ)

公開日:2018年11月30日
 
更新日:2020年6月9日

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